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11月15日(火)
11月12日~15日
訪韓闘争に参加してきました。
12日ソウルについて労働者大会前夜祭。
ヨイド公園には、たくさんの労働者が集まっていました。
壇上は、大迫力の舞台と音響、そして労働者が次々と怒りの発言。
FTA反対、イ・ミョンバク政権反対、を訴えていました。
そして、13日、午前中は、チョンテイル墓参式に参加。
今年なくなったばかりの、イ・ソソンさんのお墓もすぐ近くにありました。墓参式で、ハンジン重工業の服を着た労働者と出会いました。「日本からきました。」と、話すと、「ありかとう!」と、ぎゅっと抱きしめてくれました。
(ハングルがもっとできれば、たくさん話したかったのですが)
このモラン公園墓地には、労働運動を命がけで闘い、なくなった労働者のお墓もたくさんありました。解説をしていただいて、墓参することができました。ヨンサンの闘争で亡くなった5人の労働者のお墓もありました。墓石に「タンギョル・トゥジェン」のハチマキが巻かれているお墓もありました。「障害者解放!」で闘って亡くなった労働者もいました。
午後はいよいよ労働者大会、ソウル市庁前広場は、座る場所がないほど労働者が集まってきています。ものすごい数です。何万人いるのでしょう!
たくさんの労働組合の旗も立っています。
その周りでは、屋台も出て、車座になって飲んでいる労働者もたくさんしました。
14日。民主労総ソウル本部での理念交流。ソウル本部長、動労千葉の田中委員長の提起、ナゼンから、若者の提起もありました。
そして、「日本労働運動史」の講義の後、討論。
韓国、日本、それぞれがお互いのことをもっと知りたい、どう闘っているのか、なにが課題なのか、国際連帯をかけて深く、豊かに、がっちりとかみ合ってすごい討論となりました。
非正規職撤廃、外注化・民営化反対、新自由主義との闘い、韓国も日本も同じ問題で闘っていることが、よくわかりました。
その後の、歓迎レセプションでは、たくさんのご馳走。!!
ハングル、日本語、英語、筆談、いろんな手段でコミニケーションをとって、話し合い、交流しました。楽しく、熱く、あっという間の時間でした。
11・6に参加した韓国労働者もたくさんいて、お互いに基本的立場が一致している、さあこれから、共に闘っていこう!そいういう盛り上がりを強く感じた訪韓でした。
訪韓闘争の報告を聞く
北島邦彦の「すぎなみ未来BO
のブログから転載
民主労総の労働者大会に参加すべく韓国を訪問していた仲間たちが、続々と帰国してきました。私が韓国の労働者大会に参加したのは05年か06年で、記憶も定かでないはるか昔のことのようです。今年の民主労総労働者大会では、ますます「非正規職撤廃!」が中心的課題としてクローズアップされてきているようです。
90年代末のアジア通貨危機によって開始されたIMFの韓国構造調整政策は、膨大な非正規労働者を生み出すことで韓国資本を救済するという“画期的”な成果を挙げました。これに対する韓国労働者階級の闘いは、その言葉どおり命がけのものでした。つい先日クレーン籠城から地上に降りてきたキム・ジンスクさんをはじめとする韓進重工業の闘いも、そうした構造調整反対闘争-非正規職撤廃闘争の中心的存在であり続けました。
また韓米FTA反対闘争も、さらなる民営化・規制緩和の強制による新たな非正規労働者の大量創出に反対する闘いでもあります。そんな渦中に韓国を訪れることのできた仲間たちは運がいい!その中のひとりの仲間が、とてもすばらしいおみやげをもって帰ってきました。韓進重工業の闘いを紹介する英韓仏日中5ヵ国語対訳カラーパンフレットです。これがまたその表紙の写真といい文章といい、まさに“アート”なんですね。それがまたこの闘いの激しさをより静かに強調しているように思います。このパンフレット、現在わが都政を革新する会上高井戸事務所にて回覧に供されています。
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